刺され損ねた。

童貞の恋人が右手であるように、メンヘラの恋人もまた、右手なのである。

彼女のいろは

「煙草は吸わないよ。」

そういった藤沢の吐く息が煙たくなったように、彼女にとっての藤沢の存在はいまだに煙たいらしい。

藤沢さん、元気?

みんなが聞くたび、彼女は泣いているような笑っているような、どちらともつかない声で、
「元気です。」そう応える。不確かな嘘をつく。

認めていないのか、プライドが許せないのか、用意していても言葉は詰まったまま。
彼女は言った。あまりに詰まったままだから、このまま喉の奥のほうで腐ってとれなくなって、息ができず苦しんで死ぬなら本望なのだ。強がって、それでも死ねないのは、やっぱりあたしは弱いのだ。

藤沢の、煙草を吸うという行為は、きっと彼女と決別する意思のあらわれなんだと思う。
いつまでもしがみついて離れない彼女は、見ていて苦しい。